第一話

このドラマは、宮田がどんな少年期を過ごし、これを読んでいる方々よりも

 

どれだけ底辺な生活や、人生を送ってきたのかを綴っている

 

完全ノンフィクションである。

 

クソみたいな宮田少年物語

 

茨城の片田舎に彼は産まれた。

 

なに不自由の無い生活。

 

優しい親父、恵まれた環境。

 

そんな、私が初めて警察のお世話になったのは・・・

 

中学2年なりたての、13歳の時・・・

 

犯行は原付きの窃盗。

 

俗にいう少年犯罪、

 

 

当時ラーメン屋を営んでいて毎日、中華鍋を振っている親父に本気で殴られた。

 

 

痛かったが、親父はもっと痛かったと思う。

 

 

心が・・・

 

 

その後、悪仲間が親共々校長室に呼ばれた。

 

私の親父は自営で、こじんまりとしたラーメン屋を営んでいる。

 

 

その親父とともに重苦しい空気の校長室へと入っていった。。

 

 

校長室での質問で、今も鮮明に覚えている質問がある。

 

 

校長「宮田くんはこれからどうなりたいですか?」

 

俺「もっと真面目に生きて・・・それから・・・親孝行したいです。」

 

 

その場を取りつくろうように、とっさに出た言葉だった。

 

 

この言葉を聞いた隣の親父は涙を流していた。

 

 

その泣いた横顔を今でもハッキリ覚えている。

 

泣いてる親父は初めて見たからだ。。。

 

 

無口で毎日毎日、かもくに中華鍋を振って

 

家族の為に、ラーメンを作って

 

空手は初段の腕前、恐らくどんだけブン殴っても泣かないであろう

 

ゴツイ親父が泣いていた。

 

 

 

次に警察にお世話になったのは17歳の時。

 

集団暴走行為だ・・・

 

よく言われる非行少年。不良、ヤンキーそのものだった。

 

 

毎週の集会・・・

 

高校も3ヶ月でドロップアウト・・・

 

クソみたいな少年・・・

 

あの頃は目立つことが好きだった。

 

暇を持て余してはコンビニで、たむろしては馬鹿騒ぎしていた。

 

他にやることもなく、有り余るエネルギー、

 

そして時間を費やす燃えるモノが、なにも無かった。

 

 

それだけだった。

 

 

一般人のレールに乗った人生なんて退屈で、
そんなんじゃ生きる価値さえないと感じていた。

 

どうしようもない、クズの宮田少年。

 

ロクに家にも帰ってこない。

 

でも親父やお袋はいつでも、俺をかばってくれた。 

 

暴走行為の時もだ。

 

 

いつ帰ってくるか分からない、俺の晩飯をいつも作って待ってくれた。

 

 

そんな優しい親だ。

 

 

親父は俺が生まれてすぐに起業し、借金してラーメン屋を営み、

 

頑張ってきた親父のひたむきさに、やっと気がついた30歳の頃

 

東京に出てきて間もない俺に、お袋から電話がかかってきた・・・

 

 

どうやら30年間やってきた、ラーメン屋をたたむらしい。

 

 

 

借金でクビが回らずに・・・

 

 

 

聞いた俺は、電話ではそこまで感情は出さなかったが、

 

この時の気持ちは今までの人生で味わった事が無いほどの

 

 

脱力感、虚しさ、悔しさ、自己嫌悪、罪悪感、

 

 

全てが入り混じった新しい感情。

 

 

親に対して、なにもしてあげられない情けなさ。

 

 

とにかく悔しかった。

 

悔しくて、悔しくて、悔しくて
 
歯を食いしばって泣いたのを覚えている。

 

悔しくて泣くのは生まれて初めてだった。

 

 

俺は中学時代、

 

校長室で言った言葉を、いまだに何一つできていなかった

 

 

 

金さえあれば。

 

 

救えたのに・・・

 

 

金さえあれば・・・

 

 

カネ・・・ 

 

 

続く・・・・

 

 

続きはコチラ⇒第二話★金に取り憑かれた根性なしの宮田